GAKUDAN_H1TOR1 / H1TOR1-GOTO

ラップ/料理/映画/トランスフォーマー/備忘録…宮城県石巻市在住のラッパー。

遂に今週末がワンマンライブな訳ですが

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ひとまずパシフィックリム アップライジングの話をさせてもらっていいですか。ゴリゴリにネタバレしていくので未見の方はそっ閉じしてください。

 

思い返せば前作の時は「外国人が握った寿司」を食いに行く感覚で多少訝しみながら観に行ったらカリフォルニアロールどころか至極真っ当なコハダの握りが出てきた」っていうクロスカウンターを食らったショックで三度ばかり劇場に足を運んだ訳でして、続編となれば否が応でも期待と不安が膨らむわなそりゃ。で、今回はというと「さすがにコハダはないにしろせめて握りかなと思いきや今度こそカリフォルニアロールでした」って感じで。監督交代などの紆余曲折あり、制作開始時に公開された新イェーガーのデザインがあまりにも細身だったもんだから「これはダメかもわからんね」という予感は割と的中だったかもしれません。この経験既視感あるわーとか考えてた中で一番しっくりきたのはGガンダムが終わってガンダムWが始まった時の「コレジャナイ」感が近いかな。

思うに、今作のストーリーで要点になるべきだったのは「怪獣の復活」および「イェーガーの再興」の2点なんじゃないか、と。それらが前作との間で整合性が取れていれば、全然違ったと思うんです。

前作では、世界的にイェーガー不要論が高まる中、人類は全てのイェーガーと引き換えに裂け目を閉じる事に成功した訳です。その流れで言ったら、もう裂け目は閉じたんだからイェーガーは要らないはずです。

だからこそ続編では、何故そして如何にしてイェーガーを再度登場させるかが肝だったんではないでしょうか。そこについての言及や描写が一切なかったのはちょっといただけないなと思いました。それやっていいのはトランスフォーマーシリーズだけですから。…別にやっていいってわけでもねーけどな。

しかもイェーガーの扱いが妙に軽いっつーか。前作ではもう最終兵器も最終兵器、人類最後の希望感満載ですげー密度の高い出撃バンクがあったのに対し、今作ではスクラップから自作できてしまうし、要人警護の為にお飾り出動させるし。レイバーかよって。

そこに対して怪獣の復活は描写がありました。が、それも到底納得できる様な筋書きではなかったように思います。

いやね、怪獣の血液「カイジュウブルー」にレアアース混ぜるととんでもないエネルギーが生み出される、ってのが今作で新たに用意された設定な訳じゃないすか。それをうまくストーリーに絡めるなら、例えばですけど、「エネルギー資源問題を解決する為にカイジュウブルーの安定確保を目論み、人為的に裂け目を再度開くことを狙うどっかの悪徳社長」とか、「その怪獣を狩る為に開発された民間イェーガー(出資はもちろん悪徳社長)」とか、「その社長の目論見を阻止するべく活躍する環太平洋防衛軍」とか、割とベタだけどマシなやりようはあったんじゃねーか、と思うんですよね。そうすれば「イェーガー対イェーガー」って言う絵も無理なく差し込めるし。結局オブシディアン・フューリーはどこの誰が何の目的で建造して、何のためにマコを殺したのか最後までわかんなかったしね。

それで言うと前作からの続投キャラの扱いも悪いしね。マコは無理に殺さないで、最終決戦では臨時司令官に就任させて(葛城)ミサトさんポジションやらせるとかでもよかったんじゃねーすかや。最終決戦の何が気になったかって、テンドーとかペントコスト司令官のポジションがいないから、全員が実戦経験のない若いパイロットなのに、戦略もなく現場判断で勝手に戦ってる様にしか見えなかったんですよ。挙句に三体合体の巨大怪獣を目の前にして取った行動が「合図で全員突撃」とか最高に頭悪い感じでしたからね。

あとニュートンも救いがなくて残念。ああいう事やらすなら新キャラの方がいいと思う。だって俺、前作でニュートンとハーマンが和解して「一緒に怪獣をやっつけよう!」って握手するシーンがあの映画のハイライトだと思ってるから。あれはパシフィックリムという作品の根底にあるテーマを一番如実に表した名シーンだと思うんだけどなあ。

キャラクターに関しては不満が他にもあるぞ。ジョン・ボイエガ、おめーだよ。確かに口に減らない生意気な奴の演技はよかったんだけど、それだけ。別に、父親の影を乗り越えるでもなく、姉の死を乗り越えるでもなく、訓練生と共に成長した訳でもなく、なんとなく行動の全てが成り行きになってるように感じました。キャラクター性で言ったらローリー・ベケットの方がよっぽどアップライジング=蜂起しとるわ。

カイジュウブルーの話に戻っちゃうけど、戦闘によるカイジュウブルーの飛散を防ぐため、イェーガーの武装は近接格闘主体、銃火器類を用いる場合もも傷口を焼いて出血を防ぐ為にプラズマ火器類、若しくはミサイルに於いても着弾による衝撃ダメージを与えるのではなく、弾頭に仕込んだ神経毒によって駆除する、とかっていう設定があったんだけど、ことごとくなかったことになってるっぽいのも萎えた。戦術に制約があったからこそ各イェーガーがキャラ立ちしていた前作に比べると、新世代イェーガーはどいつもこいつもなんだか頼りない。実際ほぼ全機が碌な見せ場もなくスクラップになるし。

あと中国人女社長のキャラ変っぷりとかにも触れ出すと本当に長くなるので、とりあえずみんなこの手の映画は岡田斗司夫の言うように「納税」とか「国民の義務」だと思って劇場で観るのがいいと思うよ。うん。

また今度時間があったらもう少し思う所書きます。